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【渡辺雄太、NBAデビューまでの軌跡】
競技人口において2位のサッカー約2憶5000万人を多く引き離し、1位に輝くバスケットボール。競技人口はなんと約4憶5000万人。その競技人口と裏腹に、出場人数は野球9人、サッカー11人、バスケは5人。おのずと門は狭くなる。バスケット界の最高峰、NBAは30チームで構成され、1チームの選手数は意外に少なく15人(ツーウェイ契約でプラス2人)この4憶5000万分の510人という宝くじレベルの狭き門に、体格の差や言葉の壁を乗り越えて日本人が到達したのは日本バスケ界のパイオニア・田臥勇太だ。それから14年、多くの選手が2人目のNBA選手を目指し渡米したが叶わなかった。しかし、NBAメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を交わした渡邊雄太がNBA開幕5試合目の日本時間10月28日にNBAデビューを果たした。この偉業の意味と渡邊雄太という日本を代表する選手を知ってほしい。では、ピックアップ!
(ツーウェイ契約 NBA帯同時間45日中、20日消化、4試合出場、残り25日 ※1/8現在)
(ツーウェイ契約 NBA帯同時間45日中、25日消化、5試合出場、残り25日 ※1/15現在)
(ツーウェイ契約 NBA帯同時間45日中、30日消化、8試合出場、残り15日 ※1/22現在)
(ツーウェイ契約 NBA帯同時間45日中、33日消化、9試合出場、残り12日 ※2/06現在)
(ツーウェイ契約 NBA帯同時間45日中、36日消化、10試合出場、残り09日 ※2/09現在)
【渡邊雄太の両親の教えと香川県時代】
日本リーグ熊谷組の選手だった父・英幸さん、シャンソン化粧品の選手で日本代表だった母・久美さんとサラブレッドの渡邊雄太。2歳の時には父親のシュートフォームをまねて実家の小さなバスケットリングで遊んでいたという。さらに、母親が指導するチームに幼稚園の頃から参加。その後も両親とともに、長距離やフリースローの練習を重ねた。また、渡邊雄太のインタビューやツイッターの発言はいつもユーモアにあふれながらも謙虚さと聡明さを感じさせる。それは「初心と謙虚」が教えであった両親の影響ではないだろうか。
悔しい思いをした学生時代
中学時代は父親と多い時には1000本以上のシュート練習をして過ごした。高校は香川県の強豪校・尽誠学園に進学するも2年連続ウインターカップ準優勝。初の日本代表招集となったU-18アジア選手権も準優勝と優勝を飾れず涙を流したという。
【田臥勇太の助言・渡米】
高校での日本一を逃した渡邊雄太は渡米をするかいなかで悩んでいた。きっかけは渡邊雄太を日本代表に初招集した、元日本代表監督、Bリーグ初代王者監督、現横浜ビー・コルセアーズ監督のトーマス・ウィスマン監督。「田臥と話をした方がいい」と助言し、父・英幸さんの携帯番号を田臥勇太に伝えた。日本人初のNBA選手、そして、今年、オーストラリアに挑戦中の比江島慎も助言を受けたという田臥勇太は「絶対に雄太をアメリカに行かせてください」と電話で説得。迷いがあったという親子は決意を固めた。
最優秀ディフェンダー賞
トーマス・ウィスマン監督と現富山グラウジーズのドナルド・ベック監督がともに紹介したプレップスクール(大学進学予備校)セント・トーマス・モア・スクールを経て、日本人で4人目となるNCAA I部の大学、ジョージ・ワシントン大学へ進学。
言葉と文化の壁。そして、身長はあるものの体の線は細かった渡邊雄太は、勉強に追われ、屈強なライバルに当たり負けし「精神的にしんどい時もあった」が、モーリス・ジョセフ監督は夜遅くに体育館で練習している渡邊雄太の姿を何度も目撃し 「彼は選手として、そして人間として成長した。その成熟していくプロセスは信じがたいものだった。多くのことで苦しんだはずだが、私は彼がぼやく姿を見たことがない。利己的な一面はみじんもなかった。信じがたい選手だ。だからスタンディング・オベーションに値する。いやもっと価値がある人間だと思う」とコメントしている。
大学最終年の2017-18シーズンはジョージ・ワシントン大の3人のキャプテンのうちの1人に就任した。チームのエースとして、得点、リバウンド、ブロック数はチーム1位。アメリカ大学バスケット界の甲子園であるNCAAトーナメントには進出できなかったが、A10カンファレンスのディフェンシブ・プレイヤー・オブ・ザ・イヤーをジョージ・ワシントン大学の選手として初めて受賞。
【新制度・ツーウェイ契約でメンフィス・グリズリーズ入り】
渡辺雄太のNBA出場の決定打とも思われる「ツーウェイ契約」それは、通常、1つのクラブにつき、15人しか契約を結べないという従来のルールでは、「けが人や調子の上がらない選手が多くいた場合、年間を通してレベルの高い試合を維持できない」そして、「本契約には至らないが他のクラブより優先的に契約を結んでおきたい選手がいる」という2つのクラブ事情と資金面での事情から2017年のオフシーズンに導入された新しい制度。このツーウェイ契約を結ぶと、選手は広大なアメリカでGリーグとNBAのクラブと2つのクラブに帯同しなければならなず、移動など他の選手よりも複雑なスケジュールになる上、NBA出場の保証はなく、他クラブの試合にも出られないというデメリットがあるが、「45日間」と条件付きではあるがNBAの試合に出場することが出来る。ツーウェイ契約の成功者である「クイン・クック」はNBAスター選手のステフィン・カリーが足首の捻挫によりチームを離れてから、先発ポイントガードを任されて活躍、本契約へと至った。渡邊雄太はドラフトで指名がかからなかったが、ブルックリン・ネッツの一員としてサマーリーグに参加、その活躍が認められ、チーム再建中でオールラウンダーを求めていたメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を結んだ。
【NBA出場・日本のバスケット界が前進した日】
しかし、成功者がいる中、ツーウェイ契約を交わしてもNBAの試合に出場できず契約解除される選手も多い。
その状況で渡邊雄太は、日本時間28日、開幕5試合目にして早くも、奇しくも渡米を後押しした田臥勇太がかつてNBAでプレーしたフェニックス・サンズとの対戦で初めて出場選手登録、25点の大差がついた第4クオーター残り4分31秒。ついにNBAのコートデビューとなった。2リバウンドを記録したうえ、その初得点は、決めて当たり前という幼いころからの両親の教えであった「フリースロー」での2得点であった。本人も「今日は日本のバスケット界が前進した日」と胸を張った。
【渡邊雄太・王者ウォリアーズ相手にNBA初フィールドゴール】
12月18日(日本時間)、昨季王者でNBAのスター軍団であるゴールデンステート・ウォリアーズとの対戦で渡邊雄太がNBA3試合目の出場を果たした。86-101で迎えた第4クォーター残り3分58秒からコートイン。すると同1分49秒にジャンプショットでNBA初のフィールドゴール、さらに、同1分31秒にディフェンスリバウンドを記録。その後の同1分26秒のシュートは外れたが、試合をとおして2得点1リバウンドを挙げた。
【これからの渡辺雄太とアカツキファイブ】
「スタートラインに立っただけ」と初心を忘れない渡邊雄太。まだ出場可能の日数は残っており、今シーズン好調のメンフィス・グリズリーズは様々なテストを行うだろう。NBAの主流もビッグマンが幅を利かせる時代ではなく、3ポイントシュートが打て機動力があり、ディフェンスもできる選手が重宝される。渡邊雄太の特徴はそれに合致しており、フィジカル強化の課題はいまだに残るが、長い腕と左利きを生かして、本契約を勝ち取ってほしい。
また、渡邊雄太のNBAデビューに際して、田臥勇太は「日本人のNBA選手は、未来ある子供達に夢を与えるという大事な役割があると思います。」とコメント。最有力は同じアメリカ、日本代表で活躍している八村塁。NCAA I部でプレーするシェーファーアヴィ幸樹やテーブス海、渡辺飛勇、そして、渡米を決めた田中力と続々とNBA候補が渡邊雄太に続いている。田臥勇太のNBAデビューから渡邊雄太が続くまで14年を擁した。しかし、日本にはBリーグも発足、アシスト面でも以前よりNBAは近くなっているはずだ。現在のサッカー日本代表の半数以上が海外勢というように、未来の日本代表・アカツキファイブも半数以上がNBA選手という日が来ることを期待したい。これからも日本を代表して戦う渡邊雄太をみんなで刮目しましょう。